生まれた!第一子!
親父になりました。予定日より10日ほど早く。
ちょっと落ち着いてきたところで、ブログを書いています。今日は、4日目を越えたところです。
最初は、妻からの「破水して病院にいる」という連絡でした。2/22 14:11
仕事中の私は、軽いショックと供に「まだ生まれないだろう」という気持ちで、自宅に急ぎ、妻が事前に用意した入院セットを担いで病院に急ぎました。
病院に到着したのは、15:30頃だったかと思います。
破水がイコール出産とどうしても理解ができず、家族に「まだ生まれないようだ」とメールをした程でした。
しかし、その頃から妻の陣痛が定期的に来るようになりました。
紙に時間を書いて陣痛を記録していると、16:30頃には8分~3分の間で陣痛が来ていました。
そのため、お産の始まりは16:30と記録されています。
その後、妻の痛みは徐々に激しくなるようで、唸り声が大きくなってきます。
夫としては、「どうして欲しい」か聞いたり、腰をさすり続けるのが精一杯です。
そのような状態が数時間続き、20時ごろには「このまま分娩になるかも」と助産医や主治医が言ってきました。
大部屋(6人部屋)の中でも一番最後に来て、進みは一番早いという状態です。破水するとは、それほどお産に直結する事象なんだと鬼気迫る思いが募ってきました。
通常、20時で面会は終わるのですが、このまま分娩になる可能性があるため、そのまま残って腰をさすり続けました。妻の陣痛は数分間隔となり、痛みは徐々にこらえきれなくなってきた模様です。
21時には、お産になると決まり、陣痛室に移動です。
歩くのもままならない状態の妻を、主治医が元気付けながら自らの足で歩かせます。
「タンカとかじゃないの?」と思いましたが、逆に「自ら生みに行くという決心を促している」のだとなんとなく医者の態度から分かりました。医者は、がんばって生みなさいと後押しをしていたのです。
陣痛室に入ると、妻と二人きりで、呼吸を整えたり、いきんでいけないのに勝手に入る力を抜くために声をかけ、体をさすり、出てこようとする赤子が母体の開ききっていない子宮口を押し開くのをとどめるため、お尻の辺りを手でぐっと押さえたりと、定期的にくる助産医のアドバイスを聞きながら初体験を重ねていきます。
妻は、おそらく記憶が無いであろうと思われるほど、発狂してしまうのではないかと思われるほど、たびたび絶叫をほとばしらせます。助産医と私は「力を抜いて、息を吐いて、ハフー、ハフーって抜いて」と声をかけます。妻は苦しいながらも反射的に息を吐き、力を抜こうとします。しかし、制御不能のいきみが襲ってくるようでどうしても力が入るのを止められなくなってきていました。
そんな妻の戦いは23時前まで続きました。助産医から「分娩室へ!」と促され、絶叫するほどの痛みと戦いながら、時折激痛と闘い立ち止まり私にしがみつき... 少しづつ分娩室へいきました。
分娩室でも、激痛につぐ激痛、叫びながらも力を抜き、息を吐こうとする妻、大きく声をかけ手を握る私... 子宮口が十分に開くのを待ちます... しかし、赤ちゃんは徐々に降りてきて子宮口に入りだし、圧迫されて脈がちょっと下がったりしていました。
赤ちゃんの危険もあり、妻は酸素マスクをつけ、大きく息をすることに専念。
それとほぼ同じときに「いきんで!」という掛け声がかかり、一生懸命いきむ妻。赤子の動きに合わせ妻に激痛が走る!その激痛をこらえながら激痛に合わせていきむ妻、いきんでいる間は声を殺し一生懸命にいきむのです。
私は、陣痛室での妻の始めての絶叫、分娩室でのがんばりに泣けてきました。涙はしませんでしたがこの健気な戦いに心で泣いていました。(思い出すと今改めて泣けてきました...)
いきみ初めて数十分足ったでしょうか。途中で赤子の動きが止まったか引っかかったか、分娩室が急に慌しくなってきました。気がつけば病室には、男性の医師、女性の医師、助産医が2名が入れ替わり立ち代り入ってきます。赤子を急いで出すため、自然分娩からバキュームに切り替えるとのころでした。
バキュームは、見えている赤子の頭に金属のカップをつけてその中を真空状態にしてカップに赤子の頭を吸いつけて一気に引っ張り出す方法です。
頭にカップをつけて、いきみを待ちます。妻に激痛がまたきていきみ!と同時に、横にいた男性の医師が、妻のおなかの上に乗るような形で、上から力いっぱいおなかを押します。赤子を押し出そうというのです!!妻の激痛は爆発的の増加し「痛い!痛い!」涙を流しながらの絶叫です。私はこの光景が信じられず「マジか!!」と思いつつ、妻の手をぐっと握ることしかできません。
他の医師は、バキュームで引っ張りだす人、子宮に手を伸ばし直接赤子を引っ張る人でその様子は想像を絶する光景となっていました。バキュームは結局三回目で成功し、無事わが子はこの世に誕生しました。2/22 23:51。
ただ、出てくるのに時間がかかった為か、生まれた時にすぐには泣きませんでした。
すぐに小児科の先生に診てもらい、酸素を吸わせて30分ぐらいでやっと「問題はなさそうです。」という診断が出ました。その間、妻は赤子に会えず心配だったろうと思います。私は、すぐに呼ばれて酸素マスクをあてがったり、赤子に声をかけたり(そこでまた泣きそうになり...)、していました。
その日は、出産ラッシュでその時間に他に2名の出産がありました。ただ、立会い出産は我が家だけのようでした。
24:30頃やっと、妻も赤ちゃんにあって一安心というところでしょう。
大変な一日が終わろうとしています。その後、妻は2時間ベットの上で寝かされたまま、赤ちゃんはちょっと会えたと思ったらすぐに連れて行かれました。私と妻は二人でこの戦いを振り返っていました。
26:00そろそろ妻も分娩室をでるというところで、私は帰宅し一日が終わりました。
この戦いは、妻の健気なまでの努力と献身が成し遂げたものです。妻... いや母の偉大さを心に刻む一生心に残る出来事になりました。
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そして、三日が経過した今。バキュームで異様に伸びた頭も縮み(最初見たときはかなりショックでした)、腫れも引いて名前も決まって元気に泣いています。妻は、新たな命に早速振り回され数時間に一回の乳や、夜泣き、オムツ替えと病院で奮闘中です。
私は毎日面会に行き、妻と話をしたり、赤子を抱いたり、写真を撮ったり。そうそう、今日はミルクを与える栄誉を得ましてぐびぐび飲む我が子を頼もしく間近で見たりしています。
しかし、妻(だけでなく出産を終えた母たち)は、あの出産の激闘の後遺症と戦いながら子供を世話するという荒行が続いています。徐々に回復してきていますが、体を引きずるように歩いているような状態です。後二日で自宅に帰ってきますが、しばらくは私も自宅に居てシッカリと支える計画です。
かわいいわが子を産んでくれた妻に感謝です。感謝の気持ちで労ってやろうと思います。
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コメント
おめでとうございます。無事お子さんが生まれてよかったですね。いろいろ大変だと思いますが育児を奥さんと一緒に楽しんでくださいね!
投稿: AYU | 2007/02/26 08:46
AYUさんありがとうございます。
楽しみます!!!
投稿: ひろちん | 2007/02/26 21:26
第1子誕生、おめでとうございます!!!
まきこさんからひろちんさんが病院に向かったってことを聞いていたので、このBLOG待っておりましたよ(o ̄∇ ̄o)
しかし、あまりに壮絶すぎてちょっとビビりながら読んでしまいました。
本当に親になるってすごいことなんですね!!!
改めて大変なことなんだなってことを実感しました。
いずれ母となるだろう私としてはまだこの大仕事を成し遂げる自信がありません。
同級生でも母になってる子はたくさんいますが、本当尊敬しちゃいます!!!
奥様本当に頑張りましたね。ひろちんさんもお疲れ様でした。
これから大変なこともあるでしょうが、きっと楽しいことのがたくさんですよね♪♪♪
家族3人で素敵な日々を過ごしていってくださいね!!!
今度お子様の写真見せてくださいね♪
投稿: 山っこ | 2007/02/26 23:24
山っこさんありがとう!
確かに壮絶かも知れませんが、本人は「日がたてば痛みを忘れる」といいつつ「二人ぐらい欲しいかな」と言ってました。母になり強くなりました。
子供の写真?言ってしまいましたね。嫌と言うほど見せちゃいますよ。(((^_^;
投稿: ひろちん | 2007/02/27 07:35